2019年05月02日
同人――「同好の士と一堂に会する感動」を知った思い出
私が「同人」という言葉を知ったのは、小学校を卒業して中学校に進学したばかりの春のことでした。
私は小学生の頃からゲームが大好きで、ゲームのキャラクターを好きになって熱を上げては両親から呆れられているような子でした。
いつも「こんなことでは将来が心配」と言われてしまうような子でした。
中学校に進学して中学生になっても相変わらず私はゲームが大好きで、ゲームのキャラクターのことも好きでした。
当時、インターネットで一般人――中高生から社会人、老若男女の誰しもがホームページを自作できるようになっていました。
特にゲームファンが作った個人ホームページでは、ファンアートすなわち自作の絵や小説が公開されていました。
これらのホームページは「ファンサイト」とも呼ばれていました。
中学生になったばかりの私はインターネットに触れるようになり、好きなゲームのファンサイトを覗いてはファンアートを眺めては喜ぶ日々を送っていました。
中学二年生になったある日。
いつものとおりにファンサイトを覗き、サイトの管理人の日記を読むと「イベントにサークル参加します!」という文字が液晶画面に踊っていました。
イベントとはなんのことだろう?と不思議に思いながらサイトを眺めていると、「同人活動情報」という項目があったのです。
その項目をクリックしてみると、管理人の今後の「活動情報」と「参加イベント」、「発行した本」が画面いっぱいに出てきました。
そこで初めて私は、「同じ作品が好きな人達が一堂に集まり、自分で作り出した漫画や小説を本にし、売り買いして交流する」というイベント――同人の存在を知ったのです。
そのファンサイトのリンク集を辿ってイベントサイトを覗き、どこでいつ開催されるかを調べ、イベント当日に会場へ赴きました。
イベント開始時刻となり、いざ会場内へと入ってみると大勢の参加者がそこにいました。
人の多さに驚くと同時に、「今、この会場内には自分と同じ作品が好きな仲間がたくさんいるんだ」という感動を覚えたことを今も覚えております。
今は、私もまたイベントでサークル参加し、「同人活動」を行っている者の一人です。
あの十数年以上前の感動をいつまでも忘れないように思いながら、今日も活動し続けています。
私は小学生の頃からゲームが大好きで、ゲームのキャラクターを好きになって熱を上げては両親から呆れられているような子でした。
いつも「こんなことでは将来が心配」と言われてしまうような子でした。
中学校に進学して中学生になっても相変わらず私はゲームが大好きで、ゲームのキャラクターのことも好きでした。
当時、インターネットで一般人――中高生から社会人、老若男女の誰しもがホームページを自作できるようになっていました。
特にゲームファンが作った個人ホームページでは、ファンアートすなわち自作の絵や小説が公開されていました。
これらのホームページは「ファンサイト」とも呼ばれていました。
中学生になったばかりの私はインターネットに触れるようになり、好きなゲームのファンサイトを覗いてはファンアートを眺めては喜ぶ日々を送っていました。
中学二年生になったある日。
いつものとおりにファンサイトを覗き、サイトの管理人の日記を読むと「イベントにサークル参加します!」という文字が液晶画面に踊っていました。
イベントとはなんのことだろう?と不思議に思いながらサイトを眺めていると、「同人活動情報」という項目があったのです。
その項目をクリックしてみると、管理人の今後の「活動情報」と「参加イベント」、「発行した本」が画面いっぱいに出てきました。
そこで初めて私は、「同じ作品が好きな人達が一堂に集まり、自分で作り出した漫画や小説を本にし、売り買いして交流する」というイベント――同人の存在を知ったのです。
そのファンサイトのリンク集を辿ってイベントサイトを覗き、どこでいつ開催されるかを調べ、イベント当日に会場へ赴きました。
イベント開始時刻となり、いざ会場内へと入ってみると大勢の参加者がそこにいました。
人の多さに驚くと同時に、「今、この会場内には自分と同じ作品が好きな仲間がたくさんいるんだ」という感動を覚えたことを今も覚えております。
今は、私もまたイベントでサークル参加し、「同人活動」を行っている者の一人です。
あの十数年以上前の感動をいつまでも忘れないように思いながら、今日も活動し続けています。
Posted by oosakadojin at 20:02